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2009年3月 4日 (水)

東海完乗への道(5)

大変長らくお待たせいたしました。東海完乗への道、いよいよ完結編です。いやぁ、ここまで長かったなぁ。もう半年前のお話になってしまいますが・・・。まあ期待してる人など居ないと思いますが、尻切れトンボというのもアレですので、どうにかこうにか完結させてやります。

ここにきて、いよいよ手を付けることができたのも、MOGUPON様のおかげです。というのも、この前の列島縦断ラリーにおいて、「早く終わらせろ。」と苦情を賜りましたのですが「書きたくてもそんな暇はねぇ!!」とすったもんだした挙句、MOGUPON氏が某SNS(イントラネット)に書いた文章を一部提供するということになりましてね。つまり、これからの文章の半分くらいはMOGUPON氏によるものです。改めて感謝です。しかしながら、私も探していたら自分も某SNS(インターネット←要するに前者とは違うやつ)に日記をUPさせているのが発見されました。つまり、今回の記事はMOGUPON氏と私の日記の繋ぎあわせという手抜きであります。どうかご了承のほどよろしくお願いいたします。(これ以来、カテゴリ「遠征中」を増やしてこのような事態にならないように努めております)なお、斜字がMOGUPON氏担当分(一部修正しております)です。




では始めましょう。






2008年9月2日~3日の出来事です。間が開いたり別の記事が挟まったりして(かなり!!)読みにくくなってしまいました(←使えるのでそのまま流用させていただきました)ので、軽くおさらいを。9月1日の快速「ムーンライトながら」に乗り込み、西小坂井駅へ。名古屋鉄道の伊奈駅まで歩いてパノラマカーに惜別乗車し、その後高山本線で越中八尾に行き、おわら風の盆関係の臨時列車を撮影しました。

富山発午後3時43分の北陸本線直江津行普通列車に「ぶりのすし」を片手に乗り込んだ私は、まず遅い昼食をいただきました。ぶりの生身をかぶらと生姜でサンドイッチして押し寿司にした弁当で、なかなかの味わい。むしろ富山駅の有名駅弁「ますのすし」より美味しいかもしれません。もっとも、「ますのすし」を食べた時はちょっと雰囲気が良くなかったのですが。

この後北陸本線は親不知越え。あまりの難所にたとえ親であっても他人にかまっていられないことからこの名前が付いたそうですが、列車はトンネルで楽々超えてしまいます。しかも親不知海岸には高速道路があるため鉄道からは海がよく見えません。車窓風景がいいのは手前の市振付近のみ。と言いながら山側に座っていたため写真がありませんが。終点直江津では1分乗り換えで普通「妙高10号」長野行きに乗り換え。特急車両を使った普通列車という乗り得の列車です。

長野で夕食にチャーシュー麺を食べて一泊。長電と直結しているあのホテルですよ。後輩諸君が去年泊まったのと同じ所です。翌日、長野駅午前7時21分発の小諸行きで出発。目的地は上田駅で、ここはJRではなくしなの鉄道の駅。ですので別料金が必要です。もともとは信越本線でしたが、1997年の長野(北陸) 新幹線開通の引き換えに廃止され、長野県などが出資する第三セクターが引き継いだのです。

さて、目的は上田電鉄です。かつて上田交通といいましたが、鉄道部門が切り離されて上田電鉄となりました。かつて上田交通時代に鉄道研究会の合宿で訪れたこともあります。上田電鉄の改札口をくぐると、お目当ての車両が止まっていました。上田電鉄の主力車両である7200系をレトロ調の塗装と内装に改めた「まるまどりーむ号」です。 この車両はもともと東京急行電鉄で活躍した車両であり、その当時は塗装が施されておらず銀色1色の車両でした。塗装が変わるとイメージが変わるような気がします。車内も木目調の化粧板が貼られてイメージを一新しましたが、こちらはなんかレトロ調というよりも阪急電鉄の車内をイメージしてしまうのは私だけでしょうか(同感!!)。もっとも、阪急電鉄を知らなければこのような感情も起きないわけですが。

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まるまどりーむ車内

そんな上田電鉄も、新車置き換えの時期がやってきました。今後の新車は1000系で、またも元東京急行電鉄の車両。内装・カラーリングともに東京急行電鉄時代と同じで、いずれはこの車両に置き換わることになりますが、2代目「まるまどりーむ号」は誕生するのでしょうか(自然と友達号とかいうラッピング車が出ましたね)。

上田電鉄の上田駅であの「往復フリーきっぷ」という伝説のきっぷを購入し、別所線に乗り込みます。これ、往復きっぷなのか、フリーきっぷなのかどっちや!!と突っ込みどころ満載のきっぷです。効力もホントどっち付かずで、別所線一日乗り放題ですが、上田駅に戻ると無効となるという謎のきっぷなのです。5年前の合宿のときにはお世話になったきっぷですが、果たして分社化後も残っているのかという不安がありましたが、ありましたよ。つ~か、券面も当時のまんま。

前述の通り、5年ぶりの上田!!です。まさか、私たちを覚えている社員さんは居ないでしょうが。しかし、当時は記念きっぷに使う図柄選ばされたり、提案が結局丸窓まつり開催に繋がり、東急時代のリバイバルカラーやってくれたりと、まぁサービス精神旺盛な上田交通さんでしたがね。しかし、あの合宿以来、上田交通には訪れる機会がなく、残念な思いをしていましたが、ついに念願叶ったという感じです。あの合宿には思い出がありますから。なんか私たちの原点というか。あれ以来、色々ありましたからねぇ。良いことも悪いことも。



しかし5年という歳月はあまりにも長かった。すでに7200系は置き換え、離脱車が発生しており、わずか20年も満たないうちに本家から上田に譲渡されたVVVF車、東急1000系が幅を利かせているこの時代。変わってしまいましたね。すでに1000系は2本譲渡されていますが、朝は3運用。つまり朝行けば、必ず7200系に会える!!そういうわけで、この時間帯を狙ったわけです。


で、いきなりの「まるまどりーむ号」!!しかもこの運用終日運用ですね・・・・。やってしまいました。個人的にはリバイバルも捨てがたかったが、木目調の内装に免じて許してやろう。途中で1000系とはすれ違いましたが、これ、ラッシュ運用・・・・・。気になるもう1本はリバイバルカラーでした。とりあえず、まるまどりーむで別所温泉へ。惜しくも駅舎は改修工事中。建て替えでなかっただけまぁ良い。そういや、下之郷の丸子線駅舎は建て替えられてしまっていました。喫茶丸窓も閉まってましたね。なんだか時の流れを感じさせられます。

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どうしても永平寺を思い浮かべてしまう別所温泉駅


気を取り直して、再びまるまどで、上田原へ。ここで1000系を待ち伏せ。やってきました。東急での現役時代を知っている(というかまだまだ走っている)だけに、変な気分。そのうちこういう体験をいやほどするのだろうなぁ。なんだか自分の老いも悟ってしまいます。車内には、1000系の東急から上田までの輸送の記録が色々と掲出されてました。粋な計らいです。使い道が無く、保線車両留置場所になっていた中塩田の副本線から搬入したみたいですね。中塩田の遊休化した交換設備の使い道にはすったもんだした記憶がありますが、意外なところで役立って良かったですね。合宿の時には、次期新車はJRとの線路が分断された今、どうするのかといったことに対して、上田交通の人は、「新車なんか入らん入らん」と笑っておられたのにね。変わるものなんです、5年もあれば。とりあえず、終点の下之郷で下車。お休み中の車両の観察でもしましょうか。さきほどの1000系はすぐに隣の留置線へ。もともと7200系は5本も居て、3運用に対して予備2というやけに多く編成を保有していましたが、1000系2本投入で廃車が1本しか出ていないので車庫は満タンです。1000系導入後は4本体制になってしまうのですかねぇ。ここも寂しくなりそうです。

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東急時代リバイバルカラー


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まるまどりーむ号

7200系なんか状態良さそうで、まだまだ使えると思うんだけどなぁ・・・。長電の3000系の方がよっぽどヤバいと思うのですがねぇ。7200系を長電に再譲渡したら~などとあらぬ妄想をしてしまうのは私だけでしょうか。8000系は信州中野以遠入れないし、ワンハンドルは嫌だの云々言ってるならコイツに抑速でも付けて(以下略)。きっとあちらさんにも1000系が行くのかな。



でもあとで調べてみたら、最初の余剰車は豊橋鉄道に譲渡され活躍しているとかで嬉しい限り。豊橋駅の2線化で常にホームに停車させておくダイヤに変更したことによる運用増という思わぬ変化の結果です。やっぱり、サービスの良い会社は違います。こうやってちゃんとアンテナ貼って輸送改善に努める地方私鉄もあるのだから、見習ってもらいたいですねぇ。






車庫のある下野郷駅を後にして、上田駅に戻り、午前11時16分発のしなの鉄道小諸行きに乗り込みました。お目当てその4を目指して、旅はまだまだ続きます。ここまでの旅を見ると、何か古い車両を追いかけているような気がしますが、その通りといえばその通りです。もともとはどこに行くかという話になり、上田電鉄の「まるまどりーむ」に乗れるうちに乗りに行こう、という話になりました。その後、名古屋鉄道の「パノラマカー」にも乗っておきたい、ということになったのですが、名古屋と長野なら近いのでまとめて行こう、ということになりました。そこに「おわら風の盆臨時」が割り込んできて、今回の旅の行程が決まったのです。

さて、しなの鉄道で上田から小諸にやってきました。時刻は午前11時36分で、そろそろ昼食が欲しいところ。ところが、かつては特急あさま号がほぼすべて停車していたこの駅も、新幹線の駅は設けられず、あっという間に衰退してしまったようで、街を歩いても飲食店街が見つかりません。実際にはあるにはあったのですが、私には無縁の食べ物の蕎麦を打っている店だったのでパス。さらに駅の2階にある食堂に行ったら定休日のおまけまでつきました。

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乗りたい・・・。

仕方がないので、駅舎内に展開していた惣菜屋で焼きそばパンと煮かぼちゃを購入。そのまま午後12時1分発の小海線の中込行に乗り込み、中込からは当駅始発の小淵沢行に乗って信濃川上駅へ。中込には車庫があり、小海線は気動車なので、経由量の都合もあって車両を交換するのでしょうか。信濃川上駅は大人の休日倶楽部のポスター撮影に使われた駅ですが、そのことを知ったのは現地でたまたまです。このポスター、米坂なんかCMに使ってないでご自慢のカチカチ座席のクソハイブリットを出したらどうだと言ったら、出てきたらしい。

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あのポスターと同じ構図


小海線には新型のハイブリット型気動車が投入されており、これがお目当て4です。(左側写真参照) 4つ目で最後のお目当てにして初めて新型車両となりました。ただこれを捕まえるために小海線を行ったり来たり。ハイブリット気動車に乗って佐久平に戻ります。車内はやたら混んでいましたが、どうやらハイブリット気動車目当ての団体客がいたらしく、数駅で元の混雑に戻りました。車内にはハイブリットの仕組みを表すディスプレイがあり、ディーゼルエンジンの使用中は左下のecoマークが消える細かい表示もあります。

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車内ディスプレイ

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車内


下車した佐久平駅は、小諸駅とは反対に新幹線の駅ができて発展した町です。後は帰るだけですが、青春18きっぷなので新幹線で帰るわけにはいかず、再び小海線に乗り込み、JR最高地点の駅・野辺山駅を通り、(日本最高地点の駅は室堂駅・ロープウェイを含めれば千畳敷駅) 小渕沢で中央本線に乗り換え、家路へと付きました。






MOGUPON様、ご協力いただきましてありがとうございました。

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