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2009年2月 6日 (金)

秩父1006Fを凌ぐ強運車、相鉄5053Fに乗る

Img_0977
11000系増備を受けてついに廃車が決定


1955年日立製って・・・・・・(さよならHMには1955→2009って出るらしい・・・・)。

とは言っても車籍の使い回し感・・・・・・。車体をアルミ20m級に乗せ換え、その後下回りもVVVF化。厳つい台車も外付けディスクブレーキという相鉄の主流へと換装され、一見7000系の中に埋もれつつあり、1955年製などもはやパチもんと言ってしまえばそれまで。それでも5000系は今やVVVFインバータ制御の身。7000系とは一線を画すところがありますがね。


さて、相鉄と言えばかつて横浜に出るときいつも使っていたわけですが引っ越してからというもの、完全にJRになってしまい、バイトを初めてからは相鉄沿線のスクールに通うことも無くなり、最近は本当に縁もゆかりもなくなってしまったのです。

ちょうど先日横浜に出る用があったので、ちょいと大回りして相鉄経由で行ってきました。乗るのは去年、免許を取りに二俣川に行ったときぶりですね。相鉄では現在、新塗装化が進みつつあり、並行してJR乗り入れ対応改造・フルカラーLED化が行われており、しかもそれらは同時に行われることなく、非常にバラエティに富んだ車両が見られるために別に5000系が来なくてもまぁいっかということで。



では海老名からスタート。5000系はほとんど各停運用に入っていると聞いていたのでとりあえず、二俣川まで出ましょう。いきなり10000のトップナンバーにお見舞いされましたが、先発は9000系。10000の方は新塗装。まあ10000は新塗装になってもデザイン的には同じで色が変わっただけなのであまり違和感はないです。問題は新7000ですね。9000も結構際どいですが。元々アルミむき出しだったのを塗装するとあんな風になってしまうのか・・・。まだ8000は許せる範囲内。なんかあれはしっくり馴染んでると思います。でもね、気がコロコロ変わる相鉄ですから、この新塗装だっていつまで続くかわかりませんよ。そこが相鉄の楽しいところ。車両は何かと奇抜な 独自のものが多いくせに、塗装はあまり伝統を重んじないのですかね。



今となっては10000だの11000だの相鉄色もへったくれもない車両が入ってきています
が。やはり相互乗り入れによるグローバル化の波には勝てないのでしょうねぇ。10000投入自体、JR乗り入れを目論んでいたと言われるくらいですから。でも不思議なことに10000にはJR対応工事されていないのですよね。大半は8連になってしまったから、する必要ないのだろうけど、セミクロスシートの8000・9000をわざわざ改造してJR乗り入れに使おうという相鉄には感服のいたすところ。どうせなら11000にセミクロス付けなさいよ。





大和始発に7000が居たので乗り換え。ビックボディの6000に慣れ親しんだだけに、なんかね。でも6000の記録もほとんど残ってないからせめてものあがき。ほんと最近のガキどもはデジカメなんて持ってるのだからいいですねぇ。かつてはビックボディよりも低運転台の旧6000が大好きで、最後の方まで残っていたアルミ試作車組み込み編成が来るまで待ったという記憶もありますが・・・(でもこれが意外とあっさり来たりする)。




とりあえず、二俣川で降りて様子をうかがってみましょう。横浜寄りに構えている人が居たので来るのかなぁと思っていたら、あっさりと各停大和で入ってきました。後戻りはできないので、鶴ヶ峰でコイツが戻ってくるまで撮影でもしながら待つことに。時刻表を見てみると、5053Fが入っている時刻には8連と書かれています。8連運用に代走で入れられているようで、すっかりご隠居の身分。そうして最期の時を待っているのです。


撮った写真を適当に貼っつけます。


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10000系旧塗装


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8000系旧塗装・2色LED・列車無線取り付け

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8000系旧塗装・幕・列車無線なし



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7000系


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新7000系みんなの横浜号



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9000まで8連化!?



つ~か。新塗装全然来なかったな・・・。




待つこと、40分ばかし。そのまま折り返していれば来るはずだが・・・。




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入線。やってきました。



10連の各停なのですいてます。かつては旧型車を用いた試験としてときおり見られた、(見た目と)ギャップのあるVVVF車を楽しむとするか。かつて、つまらない7000系が来たと思って、走り出してみたらVVVFで喜んでいたとかいうこともあったような。当時は7000と5000、(2100もね)の区別なんてたぶんついてなかったでしょう。よく見てみると、顔は5000と2100の方がヘッドライトが中央寄りに寄っていて格好良いのですよ。7000は端に寄りすぎていてしかも下膨れ顔で、正直、潰れた蛙みたいで不細工ですから。5000も下膨れにかわりはありませんが、転落防止幌のステーがないので洗練された雰囲気。



天王町で降りて、横浜から戻ってくる5000をせっかくだから撮影してみることに。



Img_1009
こんな感じです・・・。



そのまま横浜に向かい、相鉄JR直通線のパンフレットもらったりした後、用事を済ませてJRで帰宅。東神奈川で100周年HM並ばないかなぁとちょっと張ってみましたが、HM車自体が全然来ませんでしたね。せめてもの救い?は

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こんなのが来たくらいですかねぇ。

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